九戸戦始末記 北斗英雄伝

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其の十八 紅蓮の章

 其の十八 紅蓮の章のあらすじ

 天正十九年八月二十三日。
 上方遠征軍を迎え撃とうとする姉帯城の城門は広く開け放たれていた。
 その報告を聞いた蒲生四郎兵衛の顔が紅潮する。
「また何か悪さを企んで居るな。まったく癖の悪い奴らだ」
 四郎兵衛は、城攻めに際し、兵たちに上下左右に盾を構え亀のように防御する隊形を取らせた。しかしその隊列が城に近付くと、先頭の四十人が落とし穴に落ち地中に飲み込まれた。
 姉帯城の様々な罠により、わずか百数十人の篭る城を落とすのに、遠征軍は数百人の死傷者を出した。

 天正十九年八月二十四日の夕刻。
 一戸城の北館では、紅蜘蛛が吹き荒ぶ風を眺めていた。幟旗は棹が撓(しな)る程の強風に煽られている。
 そこに背後から右馬之助が近付く。
 右馬之助が声を掛ける前に、紅蜘蛛が遮った。右馬之助は紅蜘蛛を一戸城から逃がそうと考えていたが、紅蜘蛛はそれを断る。
 同日の夜、一戸の西にある西方寺を、蒲生勢一千三百騎が訪れる。
寺の重鎮である覚祐大師は、穀物を寄こせと言う蒲生兵の要求を断り、僧兵と蒲生兵の間で交戦となる。
 北奥の人々を殺す為の兵糧を渡さぬ為、覚祐大師は穀物倉に火を放った。

 天正十九年八月二十五日の朝。
 蒲生四郎兵衛の命により、先手第一陣の五千兵が攻撃を開始した。
 一戸城の周囲には、土塁が築かれ塹壕が掘られている。
「今を逃すな!撃ちまくれ」
 土塁の上で号令を発したのは、根子内蔵介である。九戸の狙撃隊は土塁の上から盛んに矢玉を放ち、敵を苦しめる。
 しかし、多勢に無勢で、蒲生軍に包囲された根子内蔵介は、己が渡って城に帰る筈の渡り板の結び綱を槍で分断した。
 一斉射撃の轟音が鳴り響き、根子内蔵介は土塁から転げ落ちた。

 蒲生軍が城に攻め入ると、北館、八幡館は程無く落ち、合戦の中心は神明館に移った。この館は三方を空堀で守られた、文字通りの主館である。
 一戸城最後の攻防戦は熾烈を極めた。
 蒲生軍の発射する銃弾は、館を守る九戸兵の頭の上に雨霰と降り注いだ。
 工藤右馬之助は、守備兵を抜け穴から脱出させ、神明館に仕掛けた爆薬の導火線に火を点けた。

 蒲生兵に間近に迫られた右馬之助と紅蜘蛛の二人が、物陰から飛び出ると、神明館の主館で大爆発が起こった。
右馬之助の左の肩には、爆風で飛んで来た木の破片が深く突き刺さった。
 紅蜘蛛は右馬之助の着物を掴み、抜け穴の方角に引き摺り始めた。
紅蜘蛛が抜け穴の入り口に達した時、穴の中から一人の男が現れる。
 紅蜘蛛は、疾風に右馬之助を背負い城を脱出するよう懇願する。二人が脱した後、紅蜘蛛は爆薬に火を点け、穴を爆破した。

 疾風と右馬之助が楢山に近付くと、騎馬武者の一団がそこで待っていた。
 九戸政実の率いる黒騎馬隊が、一戸城の火攻めの策を見届けに来たのである。
 大湯四郎左衛門、櫛引清政ら、九戸党の武将の多くが、この山裾に顔を揃えていた。
 二両引きの紋様の火攻めが完成しようとした時、政実以下の九戸党は、領民がその中に残っていることを知る。
「この戦は敵に勝つことが目的ではなく、民を守る為のものだ」
 政実はそう断じ、疾風に民の救出を命じた。
疾風は山際の村に走り、知仁太と共に村人を逃がそうとする。
 敵が現れ、知仁太を矢で狙うが、鳶丸が身を挺して息子を救った。鳶丸は「これからはぬしが天魔源左衛門だ」と言い残し絶命する。
 
 疾風と知仁太が馬渕川に到達すると、川を渡る浮橋が壊れていた。疾風は知仁太に城下の渡り橋の破壊を止めるように命じ、自らは浮き橋を修復すべく川に飛び込んだ。
 知仁太は、城下の渡り橋に走り、今まさに橋を爆破しようとしていた李相虎を制止した。
 
 政実は一戸城の火攻めが未遂となったことを確かめると、黒騎馬隊を西奥に向かわせる。政実は、帰路、上方遠征軍の中に紛れ込み、蒲生氏郷の間近を通り、宮野城に戻った。

 天正十九年八月二十六日。
 焼け落ちた一戸城では、蒲生軍により戦後処理が行われていた。
 抜け穴の瓦礫の下から紅蜘蛛が現れ、兵二人を倒し、供の楓と一緒に城を後にする。


◇注◇
●蒲生忠三郎氏郷:天正十九年当時三十六歳。
 元は織田信長に仕えたが、その死後、秀吉に臣従するようになった。かつて織田信長との初対面の時、信長は氏郷の才覚を見抜き、すぐさま氏郷に娘・冬姫を輿入れさせることを決める程であった。
 その後、秀吉に仕えることになったが、その力量には秀吉も一目置き、むしろ半ばはそれを恐れ、氏郷を遠ざけるようになっていた。

●蒲生四郎兵衛郷安(さとやす):初め赤座隼人と言い、六角氏に仕えた。浪人時代を経て、蒲生家に出仕した。生年不詳、一六〇〇年没。

●末の松山:浪打峠

◇解説◇
 政実が、この戦をどのように考えていたかが、ここで初めて明らかになります。
 自らを「取るに足らぬ者」と見なし、徒に民の命を損なうことにならぬよう、また、民が秀吉の奴隷に落ちぬように、考えに考え抜いた策を打ち出して行きます。
 一戸城では、あわや蒲生軍二万兵を破る寸前の所まで行きますが、民を救う為に火攻めの策を中止させます。

 裏話を少し記すと、「紅蓮の章」とは、紅蜘蛛お蓮が主役となる章で、元々は、己の愛する男のために、命を投じるという内容でした。しかし、執筆終盤になり、急遽、殺さない方向で軌道修正しました。
 この物語のテーマの1つは、「如何に信義を全うするか」で、自らの心(愛情)への忠実さもこれに含まれます。
 「この紅蜘蛛がそうそう容易くくたばるものか」と、言われたような気がしましたので、瓦礫の中から復活させました。紅蜘蛛はファンが多いので、喜んで貰えるものと思います。

 次章では、浅野長吉、蒲生氏郷の許を訪れた政実が、降伏の条件として「南部信直の所領安堵」を申し出ます(注)。宿敵であった信直の所領安堵を申し出るのは、意外なようですが、政実の本意が、北奥の民を守ることにあったと解釈すれば、十分に理解出来る行為だったと考えられます。
 注)『寛政重修諸家譜』では、浅野家伝として、九戸政実が浅野長吉(後の長政)に申し出た降伏の条件は、一に「南部信直の所領の安堵」だったと書かれている。

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