九戸戦始末記 北斗英雄伝

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不来方(盛岡)城

 不来方城は、現在の岩手県盛岡市内丸にあります(戦国末期には岩手郡仁王郷不来方)。元は福士氏の居館があったのですが、九戸戦の後、九戸の姻戚にあった福士氏は遠ざけられ、この地には福岡城から南部氏が移り住むようになったのです。南部氏はこの地に移ると、「不来方」の地名を「盛岡」に改めたので、この城は「盛岡城」とも呼ばれます。
 厳密には、石垣が無かった福士氏の居館が「不来方城」で、南部氏が移り住んでからは「盛岡城」となりますが、地元では、どちらかというと不来方城の呼称の方が好まれているようです。
 築城を開始したのは南部信直でしたが、すぐに病没したため、利直、重直が引継ぎ現在のかたちまで仕上げました。
 この城は石垣が見事なことで有名ですが、石は地元産の花崗岩を利用し、積み上げたものです。


城への上がり口となる瓦門。大通りの真ん中にあります。


三の丸付近です。
どのような建物があったかを、今は窺い知ることができません。


石川啄木の歌碑の周辺です。

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

当地の人でこの歌を知らぬ人はいません。
お菓子の名にもなっていましたので。


二の丸から本丸に向かう道です。
写真で分かるとおり、かなり広いスペースになってます。


空堀(堀切)に架かる廊下橋。二の丸と本丸を繋ぎます。
万が一、敵に攻め入られた時には、この橋を落として侵入を防ぐわけですね。


 本丸から「台所」を右に見て下に下るところです。


下の広場から、本丸の方向を仰ぎ見ると、こんな感じです。
四方が切り立った石垣になっています。
天守閣があった頃はさぞ見事な景観だったことでしょう。


大通り側に回ると、桜山神社があります。
この神社の向かい側の路地は、「じゃじゃめん」の発祥の店があります。

盛岡名物は、冷麺・じゃじゃめん・わんこそば の三大麺になってます。

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